それはたった一つの言葉から始まった。 「別に、俺はお前のことなんか好きじゃないっ」 その一言が口から出た瞬間、会議室が静まり返ったのが分かった。 でも、一度出た言葉はなかった事には出来ない。 それが今まで何百年と生きてきて実感した事の一つだった。 「そうだな。俺は今までお前の口からその言葉を聞いたことはないよ」 静まった会議室にフランシスの声が響いた。 「なぁドイツ。悪いけど少し休憩にしないか?」 「あ、ああ。構わない」 「んじゃ、ちょっとお兄さん休憩ね〜」 ひらりと手を振ってフランシスは会議室を出て行った。 何か声をかける事も付いていく為に足を動かす事も出来なかった。 「先程の言葉。さすがに言い過ぎではありませんか?」 パタリと扉が閉まってからこそりと日本が耳打ちをしてきた。 いつもなら空気を読まないアメリカが騒ぐ場面なのに、今日は大人しくしている。 「いいんだよ。つーか会議中に喧嘩する内容じゃないよな」 悪かったと全員の視線を感じながら謝る。 「確かにそうだが…」 「謝るのはフランス兄ちゃんにした方がいいよ〜」 ドイツとイタリアが続けて言い、周りの国も頷いていた。 「それにしてもお前らは付き合ってたのではないアルか?」 今までを見る限り、どう贔屓目に見たって付き合っているとしか言えない二人である。 周りもその質問にうんうんと頷く。 かの有名な百年戦争だって馴染みの国達にすればただの痴話喧嘩という感じだった。 「だから、あいつが勝手に言ってるだけだ」 いつだって、鬱陶しいくらいに好きだとか愛してるとか言ってくるだけだ。 その気持ちを自分から返そうなど思った事はない。 堂々巡りな会話を他所に会議室の扉がもう一度パタリと閉まった。 「お、ここにおったんか〜」 ロビーの近くにある喫煙室で一人休憩中のフランスに声をかけたのは、悪友の一人であるスペインだった。 「愛の国も大変やなぁ〜」 スペインはフランスの胸ポケットに入っているシガーケースを勝手に取り出し、これまた勝手に拝借したライターで火を付ける。 「お兄さんはいつだって大変なのよ」 恋人はツンデレが標準装備だからね。なんて軽い笑顔で答える。 その顔を見てスペインは首を傾げた。 あんな風に出て行くのは少なからず傷ついているかと思ったのだが。 「なんや。余裕そうやな」 「だって余裕よ?」 にやりと笑うフランス。 短くなった煙草を灰皿に押し付けうん、と一伸びする。 そんなフランスをスペインは謎の生物を見るように見てから、ああと思い至った。 「お互い苦労するなぁ」 しみじみと呟く。 スペインだっていつもイギリスと肩を並べるツンデレと付き合っているのだ。 まだ、分かりやすい方かもしれないが。 「ま、あっちはイタちゃんと日本がなんとかしてくれるやろ」 出てくる前の会議室を思い出す。 イタリアは人の気持ちに聡いし、日本はイギリスの扱いは上手い。それと、なんとなく底の見えない笑顔がこういうときは頼もしい。 「今度何かお礼しとくよ」 日本にはネタにされてそうだけどと、心の中で呟いた。 「ほな、そろそろ戻ろか」 今日も会議が進まなければドイツから胃薬を要求されそうだ。 だから俺は関係ない。 そう言い切った俺に、日本は静かに首を振った。 「フランスさんのお名前をご存知ですか?」 「は?フランシスだろ」 当たり前の事を聞かれて戸惑った。なんだ?あいつ改名でもしたのか? 「ええ。でもそのお名前を呼べるのはイギリスさんだけなんですよ」 にこりと日本が笑う。日本のこの笑顔はよく分からない。 嬉しい時も怒っている時もこの笑顔だ。いっそスイスなんかよりも無表情に思えてくる。 「なんでだよ。普通に呼べるだろ?」 だって皆名前くらい知っているはずだ。 「あのねー、オレ達兄ちゃんの事名前で呼ばないの。駄目って言われちゃったんだー」 イタリアが何故か楽しそうに初めて聞く話をした。 というか何だ。名前を呼んじゃ駄目って。普通に呼べるだろ。 「フランスさんからお名前を聞いた事がある方は多分イギリスさんだけですよ」 「ちなみに今までに手を出していた女の子には“フラン”って言っていたのだぞ!!」 今まで黙ってハンバーガーを食べていたアメリカが急に口を挟んできた。 口の端のソースがだらしない。 「まったく。何時までそうやってフランスを振り回せば気が済むんだい?フランスはずっと待ってるっていうのに。あれじゃあ流石に可愛そうだよ」 そこまで言ってジュースを飲む。轟音がして騒がしい。どうやら空気を読むのも飽きたらしい。 「でも、名前知ってるじゃないか」 「イギリスが呼んでるからね〜」 じゃなかったら今も知らないと思うよ。とイタリア。 「つまりです。フランスさんは貴方にしか名前を呼ばれたくない。そういうことなんです」 「意外と縛られたい気質やねんな〜、フランスは」 いつの間にか会議室の扉が開かれ、そこにはスペインとフランスが立っていた。 「ちょ、それだとお兄さんドMに聞こえるんですけど」 「え、ドMやん」 ひどいわー言いつつ泣きまねをしてみせるフランスを呆然と見つめていると、いきなり立ち直ったフランシスと目が合った。 へらりとフランシスが笑う。 今までの会話を思い出し、急に頬に熱が集まるのが分かった。 隣の日本が少し場を空けたのが分かって、更に恥ずかしくなる。 「こ、っの、髭面ワイン野郎!!」 とりあえず手頃な場所にあったネームプレートを投げつけておく。 気持ち良いほど綺麗にフランシスの顔に命中する。 スペインもいつの間にか非難しているので、遠慮なく持ってきていた文房具を投げつける。 なんだこれ。恥ずかしい。今なら恥ずかしさで死ねる。 「ちょっと、お兄さんの自慢の顔に傷が付く!!」 「むしろ死ね。ドーヴァー海峡に沈め!!」 「愛の海にはいつだって沈んでるよ!!」 「それがキモいって言ってんだよ、腐れドMがっ!!」 「お兄さん別に苛められて喜ばないから!!イギリスのツンデレは可愛いけどね!!」 「んなこと聞いてんじゃねぇよ馬鹿ぁ!!」 最後のペンが宙に舞った瞬間、鋭い音と一緒に粉々になった。 「いい加減にしていただきたい」 手に銃を持ったスイスが青筋を立てながら、次弾を装填していた。 「あー、今日はもう解散だ。お疲れ」 ドイツは投げやりもいい所に言い捨てる。 大分疲れて見えるのは気のせいじゃないと思う。 そしてあっという間に会議室は二人だけになってしまった。 出るときに日本が頑張って下さいね。と言っていたが何を頑張ればいいのか分からない。 「お兄さんはね」 円形の机の淵をなぞる様に歩いてくるフランシス。 もう投げるものも無くなってしまったので、どうしようもなく椅子に座る。 ゆっくりと近づくフランシスにイギリスは居た堪れなくなる。 「別に愛してるって言って欲しい訳じゃないんだよ。アーサーがそういうの言えない子だって知ってるしね。今日なんか会議中だし」 急がない足取りが更に顔を熱くする。 激しく血液を送る心臓の音がうるさい。 「でも、アーサーが俺の事嫌いじゃないってちゃんと分かるし、知ってる」 隣まで来たフランシスを見たくなくて目を瞑る。下を見る。 「だからさ、別に言わなくても良いよ」 お兄さんドMらしいしね。なんて茶化すフランシスが隣に座る。 「顔、見せて。アーサー」 このフランス菓子みたいな甘い声は卑怯だ。 言う事全て聞いてやりたくなる。 ゆっくりと顔を上げる。 「目、開けてよ。綺麗なペリドットの瞳が見たい」 渋っているとちゅっと軽いリップ音と、瞼の上に暖かい物が降りてくる。 離れていく唇に釣られる様に瞼が持ち上がっていく。 「真っ赤で可愛い」 軽く触れるだけのバードキス。 何も言えない俺にフランシスはまたへらりと笑った。 「アーサーが言えない分は俺が言うからさ。無理しなくて良いよ」 全部分かった風に言うフランシスが、とても嬉しそうに笑うのを見て、それでも出てこない言葉に少し苛立ちながら頭を預けた。 「お前なんか嫌いだ。フランシス」 「俺は好きだよ。愛してる」 おまけ 「やはりツンデレはこうですよね」 「イギリスが可愛いよ〜」 「おい、覗きはよくないのではないか?」 「いえ、私の次の新刊はお二人に掛かっていますからね」 「でもドイツも覗いてるしね〜」 「ふふふ、やはりあそこはああやって…」 「おい、日本?」